第一章 ユーザーエクスペリエンスデザインの本当の意味
vol.3次世代消費者層にどのようにコミットしていくか?


広告のおよそ8割は、しかるべきターゲットにきちんと届くものになっていない

広告市場におけるマーケティング手法やそのツールは、日本の経済成長に伴い進化を遂げてきました。しかし、日本の人口が、2008年をピークに減少の一途を辿っているのは、みなさんご承知のとおりです。高齢者層の増加を上回る生産年齢人口の減少が、当面の間続くと思われます。

一方で、2021年現在、物質的な豊かさはほとんどすべての人に行き渡りました。つまり、ここから先、大きな消費の波はほぼ期待できないということです。こうした状況を受けて、「モノ消費」ではなく「コト消費」に切り替わっていくのだと、すでに散々言われてきましたが、しかし一方で、広告市場はいまだに従来型のマーケティング手法からシフトチェンジしきれずにいます。そうした広告は、今の消費中核層はもちろん、次世代の消費者にはなおのこと的外れなものになりかねません。まもなく消費の中核を担うZ世代に適切にコミットすることなしに、これからの広告の最適解を見出すのは不可能です。そこで今回は、次世代の消費者たちをどう「とらまえていくか」ということについて、ご一緒に考えてみたいと思います。

未来を担う若者たちとの“未来創造コラボレーション”

モノからコトへと言いながらブランド価値を高めない無意味な広告の氾濫が続く

冒頭に述べたとおり、既存産業の市場は成熟期を迎えました。市場がさらに縮小していくことは間違いありません。経済が成長し市場が拡大していた時と同じようなマーケティング手法は、もはや通用しないということに異論はないでしょう。マスをターゲットにした広告で購買欲を煽られてのモノ消費ではなく、消費体験を大切にするコト消費への移行、つまり「物質的な豊かさ」から「精神的な豊かさ」に消費者の意識が変化している、という認識こそ広く共有されているのですが、しかし、現実を見ると、今もなお、従来型のマーケディングにこだわり、プロダクトの機能的な優位性をアピールするばかりで、全く結果に結びつかない広告が巷に溢れています。

例えば、機能を満載したテレビのリモコンがその象徴といえるでしょう。私にとって、あれは醜悪なインターフェースです。モノづくりをしている人の「機能の優位性さえあれば売れる」という思い込みが凝縮されているだけで、そこに美しさを感じないからです。あのリモコンボタンの全機能を必要とし使いこなしている人が、果たしてどれくらい、いるでしょうか。

あるいは、もはや人間の視力の限界を超えて果てしなく高くなる解像度を謳ったテレビなども、その典型です。そこまでの機能を果たしてユーザーは求めているでしょうか。その「機能の優位性」を謳う広告に、ユーザー目線に立った「コト消費」のストーリーはあるでしょうか。私には、モノづくりをする人たちの自己満足以上のものを感じ取ることができません。

もはや消費者にほとんど響かないようなコンテンツであふれている広告市場を、いかにリフレッシュさせ、広告主が正しい方向に舵を切り直すように仕向けることができるのか。私たちはまさに今、この難解なテーマに挑んでいるわけです。


次世代消費者層であるZ世代は、大の広告嫌い?

次世代消費者層にどのようにコミットしていくか?

次世代消費者層のZ世代を特徴づけるのは、なんといってもデジタルネイティブだということです。インターネットにコネクトしながら育ってきた彼らは、総じて賢く、情報の審美眼が高く、趣味嗜好が多様化しており、その上、受動的な傾向があります(これは大変に厄介な問題です(笑))。

その背後には、インターネットテクノロジーの飽和状態が長らく続いてきたことによる(負の)バイアスがあります。コモディティ化することで価値が低下してしまった“デジタル”サービスやコンテンツに、彼らはもはや見向きもしません。従来型の(既存産業の延命処置的な)広告に対しても同様の反応を示します。

彼らは基本的にそういった広告を好みません。広告からもたらされる情報を楽しもうという意識は薄く、むしろ、自分にとって興味のない分野の広告は害悪でしかありません。彼らを均一化した「モノ」で釣ることはできないのです。大きな持ち家も、立派な車も、ただそれだけでは彼らの消費欲を刺激しません。しかし、彼らのその感受性に無頓着な広告主がいかに多いことでしょう!

このZ世代にいかにアプローチすべきなのか。その答えの一つが、“エンパシーマーケティング”だと私は考えています。


いまだ教科書に載っていないエンパシーマーケティングの手法とは

“エンパシーマーケティング”とは何か。これは、よく言われる“共感型マーケティング”と似て非なるものです。勘違いされやすいのですが、やたらとエモーショナルな味付けをしたクリエイティブを作ればいいということではありません。

私が大切にしているのは「共感」を得るまでの、その手前のプロセスです。そこを大切にしなければ、表層的な「イイネ!」で流れ去ってしまい、ライフスタイルなどの深い部分での共鳴にはつながりません。共鳴が生まれなければ、彼らにとって意味のある価値を提供することはできないのです。

彼らが行動を起こすきっかけは、彼らのアンテナが共鳴できるかどうか、まさにエンパシーが生まれるかどうかにかかっています。そのためには、その手前、つまり、いかにして彼らのアンテナに触れられるようなコミュニケーションを築いていくかが問われます。特に、Z世代にとって意味のあるヴィジュアルコミュニケーションが極めて重要なことは言うまでもありません。

消費意欲のない彼らに何が響くのか。それを見出すのは一朝一夕にはいきません。「コト消費」の人たちからのエンパシーを得るプロセスは短絡的には進んでいかないのです。

以前のコラムで、私たちは「感動的な顧客体験(UX=ユーザー・エクスペリエンス)」を創造するための活動を主軸にしていると書きましたが、エンパシーマーケティングは、その「感動的なUX」を得るためのアプローチ手法の1つであって、今まさに確立していく途上にあり、マーケティングの教科書には載っていません。

次世代消費者層にどのようにコミットしていくか?

いわゆる「自己実現の欲求」であるマーケティング4.0へのアプローチ

ここで、少し角度を変えて、エンパシーマーケティングの解釈にアプローチしてみましょう。米国の心理学者アブラハム・マズローや、経営学者であるフィリップ・コトラーが提唱する欲求段階説にもあるとおり、「生理的欲求」や「安全の欲求」などの物理的な欲求がほぼ満たされてしまったZ世代は、モノ消費の欲求が極めて低い。その段階を通り過ぎた彼らとっては、マーケティング4.0に位置する「自己実現の欲求」をどう満たすかが非常に重要になっています。そんな彼らに、モノの機能的な優位性などでアプローチしても、先述のとおり、まったく有効ではないのです。

彼らにとって「自己実現の欲求」が満たされるとは、つまり「その“モノ”あるいは”コト”消費で、自分が求める自分のありように少しでも近づける、あるいはそれに近い体験が想像できる」と思えるかどうか。さらにその先の「感動的なUX」が得られるかどうかです。では、果たして彼らの「自分が求める自分のありよう」とは? それがわからなければ、彼らのエンパシーアンテナに触れることができません。そこで、私たちはこう考えました。

「まず、彼らの心の声を聴こう。たくさんのサンプルを集めよう」


あらゆるツールを駆使したメディアの集合体で多様化した彼らの声を集める

とはいえ、どうやって多様化し受動的な彼らから、たくさんの声を集めるのか。それは簡単なことではありません。長期的なゴールを見据えて、タネを蒔くことから始めなくてはなりません。

まず、彼らの声を聴くために“前向きなインタラクション”が可能な接点をつくる必要がありました。では、その接点とはどのようなツールを用いるべきでしょうか? SNS? Web media? You tube?  あるいは、それ以外のコンテンツ発信メディア?

結論は「全部やるしかない」でした。SNSを中心としたさまざまなタイプのコンテンツを発信しつつ、インターネットメディアの集合体をつくり出す、まずはそこを出発点としました。

私たちがつくるメディアは、大量にPVを稼ぐような、いわゆる広告媒体としての収益を目的としたメディアではありません。少数であっても、コアなファンとのつながりをつくることを目的とした“質”に徹底的にこだわるメディアです。(私たちの運営するメディアはこちらです)

これらのメディアたちを足掛かりにさまざまな世代の人たちとつながり、コアなファンを増やしてきました。目指すZ世代の人たちとも少しずつですが、つながり始めています。


メディアコラボから生まれたニュータイプのプロモーション「EVOLOVE」

次世代消費者層にどのようにコミットしていくか?

私たちは、「おうちdeおウチ Lab.」から「GuuGoo」まで、タイプの異なる「コト消費」ユーザーに向けて、いくつものメディアをつくり、コアなファンとのつながりを広げてきました。しかし、私たちUXDがもっとも大切にしているのは、さまざまな壁をとりはらったことから生まれる「オープンなイノベーション」です。

そこで、それぞれのメディアが持つ特性やコアなファンとの関係性を、そこだけにとどめておくのではなく、メディア同士のコラボレーションによって人とコトとの化学反応をさらに加速させたいと考えたのです。そこに、次世代消費者層であるZ世代を巻き込むことで、情報の審美眼は高いけれども小さな宇宙の中にとどまりがちな彼らの背中を押していく、という目論見もありました。

それが、現在展開しているエンパシーを増幅させるイベント「EVOLOVE」です。

Z世代が未来の理想の暮らし方を思い描くX-minutes cityプロジェクトから、和食器の思いがけない使い方をお互いにシェアするムーブメント、二日間で24時間連続生放送など、さまざまなイベントを11月に開催、世代もメディアも超えた新しいつながりが次々と生まれました。

いくつものメディアコンテンツを通じてコツコツと撒いてきたタネが、一気に芽吹いていくようでした。ご協力・ご協賛いただいた多くの企業さま、また、ご参加くださった学生の皆さん、メディアファンの方々に感謝の気持ちでいっぱいです。ユーザーのみなさんの笑顔と喜びの言葉が、私たちのイノベーションを後押ししてくれます。

さらに、このイベントを通じて企業とユーザーの方たちとのダイレクトな接点ができたことは、何よりも大きな成果でした。エンパシーマーケティングの手法の1つとして設計し、トライアルしたイベントでしたが、大きな手応えを得ることができました。希望をもって次なる展開へとつなげていきたいと思っています。次回の開催も楽しみにお待ちください。

UXDセンター長 木村 健


Profile

木村 健UXDセンター センター長
木村 健

アナログ・デジタル問わず、あらゆる媒体で商業広告デザインやプロダクトデザイン、ブランド戦略を展開してきたクリエイターでありマーケター。1990年台半ばからさまざまな企業やクリエイターたちと協業し、コラボレーティブ・イノベーションに果敢に挑戦してきた。UI/UX/インタラクションデザイン領域をもっとも得意とし、Webメディアやアプリケーションデザイン分野で業界を跨いだインキュベーション活動を行っている。また、2007年頃からWeb/IT領域での教育の現場で講師兼メンターとして未来のクリエイター育成に貢献。
オープンイノベーション・コンソーシアムであるUXDセンターでは、初代センター長として立ち上げから参画。異業種プロフェッショナル集団の求心力である。

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