第三章 急速に早まる広告媒体革命、新たなプラットフォームの誕生
vol.10ポケットのデバイスがインターネットにつながることで”
情報の時差”が無くなり、人と人との物理的な距離もほぼ無くなった。
AI任せの広告がもたらす品質の劣化とターゲットの迷宮化 
ニーズを追いかけない”引き算“のマーケティングが
未来を拓く


前回のコラムでは、媒体がインターネットへと移行したことで、広告が一気に劣化したこと、さらに、そうした惨状を前に、メディアや広告主、サプライヤーがすべきことは業界全体の刷新であり、そのために必要なアクションを考える上でヒントとなる「新たなプラットフォーム」についてお話しました。

今回は、その新たなプラットフォームを創って行くために、角度を変えて、ユーザーの視聴スタイルの変化が広告市場の劣化の背景にあることについて、理解を深めてみたいと思います。

AI任せの広告がもたらす品質の劣化とターゲットの迷宮化 ニーズを追いかけない”引き算“のマーケティングが未来を拓く

スマートフォンの普及がもたらした、広告業界への逆風

言わずもがなのことですが、1990年の初めにインターネットが生まれ、その後10年で広告業界は大きく様変わりしました。アナログからデジタルへと急激に媒体が移行し、Webサイトが接点の主役になったのは、ご存知のとおりです。

2000年にリリースされた日本語版Google検索におけるリスティング広告が本格的にスタート。時を同じくして始まったAdWords、Overture(現Yahoo広告)という“検索連動型広告”によって、消費者の視聴行動が大きく変化していきました。
そして、2008年にiPhoneの発売がスタート、スマートフォンが爆発的に普及した結果、広告との接点の主体が完全に逆転しました。メディア側からユーザー側へと、ほぼ完全に移行したのです。

つまり、それまでは主流の4大メディア(ビルの看板や駅のポスター等の屋外広告や交通広告・電波・新聞・雑誌)が広告との接点の「面」として君臨していました。大勢の人が通る場所、視聴者の多い番組、発行部数の多い新聞や雑誌が幅をきかせており、その「面」の一番目立つところが高値で売買されていました。広告主は面を押さえ、制作会社はインパクトのあるインフルエンサーを使えば、ある程度の販促(における成功)が達成できたわけです。

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しかし、接点の主体がユーザーに移った今、これまでのやり方は通用しなくなりました。4大メディアをしのぐ情報量に、世界中のどこにいても簡単にアクセスできるメディアが、個々のユーザーのポケットの中に収まってしまったのですから。

2023年現在、日本国内でスマートフォンの普及が90%を超えたそうです。日本人の殆どが24時間365日、自分の好きな時に好きな場所で好きなメディアにアクセスしているということです。しかも、情報量こそ膨大なものの、検索履歴や購入履歴などに基づいてAIが極めて“効率的”に絞り込んだため、“均一化”され、なおかつクオリティなど度外視された“劣悪”な広告が、個々人のスマホやPCの画面を埋め尽くすという最悪な状況をもたらしました。

視聴者側に広告選択のイニシアチブが移った以上、彼らはこれまで以上に審美眼を磨いていかなければいけないのですが、AIによって“効率的”に提供される情報に埋もれてしまった彼らの多くは、「セグメントという名のもとの視野狭窄」に陥っています。彼らにとって、溢れかえる似たり寄ったりの広告はもはや「ノイズ」でしかなく、ますます「多様で創造力豊かな情報」から隔絶され、「見たいもの(=既知のもの)しか見たくない」というふるまいが定形化してしまいました。

広告主もAI任せの情報のばらまきに終始し、ユーザー側もワンパターンな情報に引きこもっている。もはや、目を覆いたくなるような惨状が広告業界全体に蔓延しています。


良い数値=正義の図式が蔓延した結果、ターゲットは見る影もなく痩せ細った

広告業界に身を置く立場として、この10年は己の認知的不協和との戦いでした。クライアントに対し、自分の想いとは真逆の提案をし続けなければならない状況が続いていたからです。
例えば、運用型広告の世界では、成果の評価軸は「コストを下回り、数値目標が達成されたかどうか」が全てです。あからさまなほど、評価=数字なのです。
「コストをかけず、いかに効率よくコンバージョンを達成するか」
販促会議で交わされる会話は、ほぼこの一点でした。もちろん、これ自体が完全なる間違いということは決してありません。しかし一方で、言葉にしつつも大いなる違和感・矛盾を感じていたことも、また事実です。

つまり、AIが介入するようになり、ネット広告のマッチング率は数字としてはアップしました。なぜならば、極めて効率的にターゲットを絞り込むことに成功したからです。結果として、一定のカテゴリーではそれなりの数値を上げることができるようになりました。

そうしたターゲティング広告によって目先の数値の達成に走った結果、何が起きたのか。当たり前のことですが、母数がどんどん小さくなっていったのです。AI任せでターゲットをどこまでも絞っていった結果、気づいたら、ターゲットそのものが限りなく細分化され痩せ細り、もはや「ターゲットなんてどこにいるの?」というような状況に陥りつつあります。

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短絡的に、“モノ”を買わせるためだけの粗悪な広告が溢れかえり、視聴者からもソッポを向かれ、そうした惨状もわかっているけれども、メガプラットフォームに依存している現状では、ほかに打つ手がないという有様です。

そして、AIが勝手にマッチングを行い、細切れにした結果、「姿が見えなくなったユーザー」を、改めて見つけ出すことなど、AIにはできません。見方を変えれば、ユーザーの側も、もはや思いがけずに優良な広告と出会う機会を失ったと言えます。

これは宣伝というものの考え方の根幹を揺るがす事態です。今こそ、”引き算“のマーケティングを考えるべき時です。


新しい時代は大断捨離の時代、思い切った“引き算”のマーケティングが必要

AIによる劣悪なターゲティング広告には、物語がありません。そして、物語のないところに共感は生まれないのです。もちろん対話も生まれません。人の心が動かないからです。

痩せ細り、焼け野原になった広告業界に、今最も必要なのは、アクションの源泉となるような強い共感を生み出す質の高いクリエイティブです。

今のメディアは、明らかに劣悪な広告を過剰にばら撒き続けており、ほとんどのユーザーはそうした状況をストレスとしか捉えていません。今こそ、情報(広告)の大断捨離を行い、劣悪な情報を一掃し、ユーザーとの接点の改善を行っていき、広告=ストレスという状況を改善していくべき時です。

そのうえで、高い共感を得られるような、人と人との対話をベースとしたマーケティングにシフトすべきです。
以前からの繰り返しになりますが、私たちは、この共感型・対話型”引き算“のマーケティングを「エンパシーマーケティング」と称し、改革のための一歩を歩みだしています。
ここでのキーワードは、ユーザーのニーズを“過剰に追いかけない”ことです。


売り手と買い手の関係がより複雑化した今、購入体験のデザインこそが最重要

先ほど、広告との接点の主体が、スマホによって完全にユーザー側に移ったという話しをしました。その状況について、私は以下のように解釈しています(あくまでも私の個人的な解釈ですので、また違った捉え方をする人も当然いることと思います)。

かつてのメディアは、「良いモノは、何故良いのか」をわかりやすく、面で伝えてきました。
しかし、その広告スタイルには「大衆向け」という前提がありました。良くも悪くも、フレーミングされたバイアスがかかっていました。今は多様化の時代です。ユーザーのニーズは多種多様であり、これに伴いニーズの複雑化が加速しています。

AI任せの広告がもたらす品質の劣化とターゲットの迷宮化 ニーズを追いかけない”引き算“のマーケティングが未来を拓く

一方で、先ほどのAIによる過剰なターゲティングのように、売り手としてどこまでも細かなニーズを追いかけていくと、母数が限りなく痩せ細ります。ですから、逆転の発想で「ニーズを追いかけない」ようにすべきなのです。これこそが、私たちの提言する“引き算のマーケティング”で、以前述べた「51%理論」に通じます。

要約すると、「ユーザーが決断するための材料は、ユーザー、もしくはその周辺の信頼を置ける人たちに委ねてしまおう」「決断するまでのプロセスを、ユーザー自身に体験してもらおう=コト化」という考え方です。広告主の側からのフレーミングバイアスはできるだけ抑制し、共感できるか否かはユーザー次第。こちらはユーザーの感性に届くようなボールを投げるべくクリエイティブを発揮します。

「購入体験が楽しかった」ならば、ユーザーはその過程自体を肯定し、購入したモノは単にモノではなくなります。そして、殆どの場合、近しい周辺の人たちに”良い体験”として語り広めてくれるでしょう。

このような購入体験のデザインこそが、エンパシーマーケティングの本質です。SNSの発達に伴い、複雑化した「売り手と買い手の関係」を、マーケティングに落とし込んでいくのです。


失敗を楽しみ受け入れ、対話する相手との受容体験が自己を進化させる

では、ユーザーにとっての“良い体験”とはどのようなものなのでしょうか。

少し話が脱線しますが、人間は失敗する生き物です。成功しかしない人間など存在しません。
一方で、人は、なるべく失敗をしたくない、基本的に楽をしたい、効率よく生きたいと考えてしまう生き物でもあります。いつの時代も、成功への欲求が尽きることはありません。

しかし、最初から「成功」が約束されているような挑戦では、何の感動も生み出さない、ということも私たちはわかっています。つまり、失敗体験によってこそ、「成功」の豊かさを感じられるのです。楽しむためには”失敗”が必要なのです。

それは、購入体験も同様です。レールに敷かれた「成功」をなぞるだけのお仕着せの体験など、どんな感動も生み出しません。逆に、ちいさな失敗を経験し、それを克服することで、その失敗よりも少しだけ大きな成功体験として脳裏に刻まれます。多くの人は、この小さな成功を積み重ねていくことで、大きな決断ができるようになります。つまり、小さな失敗体験のデザインが、大きな買い物をさせるための”妙”なのです。

AI任せの広告がもたらす品質の劣化とターゲットの迷宮化 ニーズを追いかけない”引き算“のマーケティングが未来を拓く

顧客がAIによってセグメントされた“想定内”の情報の洪水に囲い込まれている時代、情報を一気に断捨離し、“想定外”の出来事、小さな“失敗体験”のデザインの“妙”へと誘うことで、顧客を全く新しいフェーズへと進ませる。つまり、単なる情報の“受け手”ではなく、体験の“担い手”となることで、マーケティングによって細切れにされた“消費者”の殻を脱ぎ、“自己肯定”と“心のゆとり”を取り戻し、人として進化していくべき時に来ているのです。

その際に、これまでのようなターゲットの絞り込みはまったくのナンセンス。顧客をグイグイと“未知の体験”へと引き込んでいくような、クリエイティブな広告による新たなプラットフォームを創出するのですから、オールターゲットでいいのです。

このことについては、次回、もう少し掘り下げていきたいと思っています。お付き合い頂ければ幸いです。


Profile

木村 健UXDセンター センター長
木村 健

アナログ・デジタル問わず、あらゆる媒体で商業広告デザインやプロダクトデザイン、ブランド戦略を展開してきたクリエイターでありマーケター。1990年台半ばからさまざまな企業やクリエイターたちと協業し、コラボレーティブ・イノベーションに果敢に挑戦してきた。UI/UX/インタラクションデザイン領域を最も得意とし、Webメディアやアプリケーションデザイン分野で業界を跨いだインキュベーション活動を行っている。また、2007年頃からWeb/IT領域での教育の現場で講師兼メンターとして未来のクリエイター育成に貢献。
オープンイノベーション・コンソーシアムであるUXDセンターでは、初代センター長として立ち上げから参画。異業種プロフェッショナル集団の求心力である。

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